この曲はラファエルの作品とは考えていないのでここに掲載するかを迷ったのですが、多くの誤解を呼んだ為、事実とこの作品に対する考えをここに綴ろうと思います。
この曲は2000.1月に18歳で亡くなったゆきこちゃんという女の子に書いた曲です。武道館公演の優先予約をメンバーがとるという企画でたまたま僕に繋がった彼女の友達から彼女の死を告げられました。しかし、その時は仕事中で、顔と名前も一致せず、現実味を感じることはありませんでした。そして帰宅後、僕は読み終えたファンレターの中から彼女の名前を探しました。4通ほどの手紙が出てきました。古い手紙は事務所処分するため、僕の手元にあったのはその最近の4,5通でした。彼女の手紙はどれも、「lost〜」の発売、武道館公演を楽しみにしているという内容でした。ツアー廻ったり、目立つ集団にはいたけれどいざ僕を目の前にすると何も喋れなくなってしまう子だったようです。だから僕も正直名前から顔がわかりませんでした。凄く複雑な夜でした。手紙の彼女は「30人以上で武道館に行くから見つけてください」などとはりきっているのです。「lost〜」の発売を心待ちにしているのです。なのに彼女はもういない。武道館にも来れないし、「lost〜」も聴けない。彼女宛の返信封筒が4枚。実感のない不思議な夜でした。
優先予約の電話で話した子からお通夜の日にちを聞いたので、僕は手紙の住所から彼女のお通夜の会場を突き止め、僕は彼女の手紙を届ける為、1人お通夜に向かいました。会場に入った途端、僕は動けなくなりました。棺の上の彼女の写真の隣には同じくらいの大きさの僕の写真がぴったり隣に飾られていました。悲しみという言葉でかたづけられる簡単な感情ではありませんでした。強いて言えば罪悪感に近かった感情です。写真の僕を抱き締めて死んでゆく程愛された僕は彼女に何を返せたのだろう、今でも鮮明に覚えている言葉では表現出来ない感情です。
僕はまず一緒に棺に入れてもらおうとした「夢より〜」の僕の衣装を御家族の方にわたしました。しかし「燃やしたりなんかしたらゆきこに怒られてしまいます」との事でそれは彼女の仏壇に飾ってもらうことになりました。そしてお母さんとゆきこちゃんの所へ向かいました。お母さんは、彼女が口を開けば僕の名前ばかり出てきた、などと生前の彼女の話をたくさんしてくれました。彼女は本当に僕を好きでいて、認めてくれていました。僕はお母さんに二人きりにさせてもらう様に頼みました。
最初で最後の一対一の会話でした。上から見下ろす彼女の顔に次々と止めどない言葉と涙がこぼれていきました。彼女の愛、それはあまりに一方的な愛の形でした。僕は何も返す事が出来ませんでした。僕が何らかの形で危篤状態の彼女に接する事が出来たらこの事体は防げたのかも知れない。数々の罪悪感と悲しみと悔しさと、僕を締め付ける感情が全身を交錯しました。彼女はいくら声をかけても返事をしてくれませんでした。 そして僕は棺を開けてもらい、はじめて彼女に触れました。皮膚は冷たく、頬はゴム風船に包まれた粘土の様に硬直していました。彼女を見てると不思議と悲しみは消えるのでした。彼女がとてもゆきこちゃんとは思えないからです。そこに横たわるのは綺麗な人形でした。僕は何度も問いかけました「君は君なのか?」彼女を見てるより、白い花に囲まれた遺影のほうが僕にその事実を感じさせるのでした。
帰り道、交錯する感情の中で「雪の人形」この曲が僕に降りてきました。ウィスパーボイスの優しい女の人の声でそのメロディーは奏でられ、ガットギターの悲しくも優しいアルペジオ、雪のような鈴の音、古いオルガンの音が僕に流れました。自宅につくと、頭に響いてたその音楽をシーケンサーに打ち込みました。鮮明に完成図が頭に流れていたので作業はすらすら進みました。気付けば朝5時でした。僕はとりつかれたように作業をしていました。その日は仕事が入ってたのですがどうしても体のあるうちに聴かせてあげたい。という想いから僕は「雪の人形」をCDに焼き、御葬式に向かいました。打ち込みなのに明らかなオーラを発する曲になりました。きっと彼女のオーラなのでしょう。
そして武道館でその曲をYUKI君に頼んで歌ってもらいました。どうしてもやらねばならなかったのです。彼女は間違いなく武道館に来てたから、、、。そして、どうしても僕はその想いを伝えたくて一月十九日、彼女のお通夜の日の夜作った、敢えてデモの段階の「雪の人形」を配付したのです。録り直したりするより、武道館の日はその方が想いが伝わると思ったから。
しかし、それは賛否両論を生んだのでした。
ファンとアーティスト、それ以前に人間と人間なのです。僕は自分の存在をどうしていいのか解らなくなりました。武道館後の一部の人の反応、「ずるい」「ひいきだ」「そんなことしたらわざと自殺する子が出る」「死んだら全てのファンの葬式に行くのか」僕は武道館後、本気で音楽をやめようと考えてました。こんなに理解してくれない人がいる。なぜ解ってくれないのだろう。生きてラファエルの音楽に触れ続けたかった彼女の死をどうしてそんな風に言えてしまうのだろう。もちろん理解者がほとんどでした。そしてこの曲、彼女が教えてくれました。「彼女が愛してくれた僕、誰に何をいわれようと自分の生き方と信じて生きていこう」と。グラデュエーションツアー、ファイナルの神奈川の次の日に入れた右腕の入れ墨はもう戻れないように、音楽家としてしか生きていけないように、わざと見える位置に入れた自分への戒めと「変わらぬ僕を生きる」決意なのです。
僕を目的に自ら死に急ぐ人の御葬式などに僕は絶対行かないでしょう。僕が救える命なら何をしてでも助けるでしょう。ファンだろうとアーティストだろうと持っている命は同じものなのです。「ずるい」「ひいきだ」などといってる愚かな人に理解されなくてもいいです。僕は彼女の愛してくれた「変わらぬ自分」を貫き通します。彼女は僕の中、御家族の方の中、お友達の方の中、ずっと生き続けます。僕も時には彼女を頼り、迷う事なく生きていこうと思います。
彼女は僕が音楽家として大きくなる事を望んでくれてます。いつかこの曲は新たな形で世に出すつもりです。あの帰り道、僕に降りてきたあのウィスパーボイスを持つ、この歌を歌いきれる女の人に出会ったら。彼女はこのままこの作品が封印される事は決して望まないでしょう。僕はこの曲以上に心を音楽で表せる事はできないでしょう。
僕はいつか、あの日降りてきたままの「雪の人形」を蘇らせます。賛否両論を生むでしょう。でも僕は僕を信じて貫き通します。解ってくれる人はいるわけだし、
何より彼女と決めた事ですから、、、。
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